プログラミングといっても、基本的な仕組みと操作方法が分れば、お手本通りに見たままのブロックを組んでいくことは簡単です。プログラミングを始めたばかりの子供には、いくつかのお手本をステップ毎に示すので、理解していなくても作品は出来上がってしまいますし、最初の頃はそうしなければどう組み立てていって良いのかも判らないので、どんどん作品を作っていくことが必要でもあります。

うちのプログラミングの生徒さんたちも、与えられた課題を一生懸命に組み上げて、いろいろな作品を作ってきました。楽しんでプログラムを組んでいるのは間違いないのですが、こちらが学んで欲しいと思う”論理的な思考?”を感じさせない雰囲気で進めていくので、どこまで理解をしてるのかなと疑問に思う事もあります。

どういうことかを少し説明すると、大人的には一つ一つのブロックの意味や、組み合わせ方をもう少し悩んで欲しいとおもうのですが、子供たちは作りたいゲームやストーリーを作品として作り上げる方が大事な様子。どこまで理解しているのかの心配をよそに、作るだけ作って、それらの作品に面白いアレンジを加える事で楽しんでいます。そりゃそっちの方が面白いし、達成感があるから当然と言えば当然(そうじゃなきゃ、プログラミングなんかやらないし。)とは理解しているものの、もう少し深掘りして欲しいとも思ってます。

そんな感性のギャップを感じながらも、ある生徒(K君)が与えられた課題を15分もしないうちに、ほぼ完成させていたのには驚かされました。 最初に完成動画だけを見せて全体の動きを確認し、キャラクターの動く方向の角度やクローン数の乱数幅など、大まかなポイントだけを本人と確認して、15分後。

どう?” とサポートに戻ったつもりが、

できました!” 

びっくりしましたね。 ”え? 何も見ないで作ったの?” 

はい

論理的思考、的確な判断、こちらが教えるべきと図々しくも思っていたことが、恥ずかしくなります。”試行錯誤” ”悩む姿” は今どきの若い子どもたちには必要ないのかもしれません。心配しなくても必要となれば、その時に必然的に対処していくんでしょうね。

因みに、K君から”1つだけできなかったところがあります”と質問をされて、本来は自分で考えさせる必要があったのですが、やっと教える事を見つけた私は、必要以上にヒントを出してしまいました。反省。